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畠山重忠260

高雄山神護寺の境内。
底冷えのする中、左近は枯葉を踏みしめ、歩いている。
 これよりもおよそ一年半前の建仁三年(1203)七月二十一日に亡くなった文覚の墓参りをしてきたところである。
 後鳥羽上皇を激しく非難したことで、対馬へ流罪と決まり、その護送の最中、鎮西にて不羈奔放なる生涯を終えた。
左近とは袖すりあわせる程度といってもよいくらいの縁であった。その死を知った時は、特に感慨もなかったが、愛弟子の識之助とは袂を分かち、一人になってみると、奇妙に懐かしい気がする。
今生にて語り合うことは叶わなくなってしまったが、せめて墓参だけでもと思い立ったのである。
腕組みをし、冷たい風に身を縮めながら歩く左近は、年の頃は六十に届くか届かぬかくらいの僧侶とすれ違った。
 双方、視線が会い、どちらからともなく、黙礼を交わした。
「もし」
突然の僧侶の声に左近は振り返る。
「これを落とされましたぞ」
僧侶が手にしているのは貝殻。福原に幽閉されていた後白河法皇からの院宣をもたらした礼にと、頼朝が文覚に託して、左近に賜ったものである。腰にぶら下げている袋に入れていたのだが、いつの間にか、袋の口を締める紐が緩んでいたのであった。
「これは忝ない」
左近は礼を言うが、僧侶はしげしげと左近の手に戻した貝殻を眺めている。
「もしや、貴殿は傀儡子の左近どのでは:」
僧侶の名は上覚。文覚の弟子である。年齢は師よりも八歳下である。。
師ともども、和気清麻呂が開き、弘法大師こと空海とも縁深い神護寺の再建に尽力していた。師に連座する形で鎮西まで護送されたが、文覚の最期を看取った後、赦されて帰洛していた。
上覚は左近の貝殻にまつわる経緯を聞いていた。
これも何かの縁と墓参の礼も兼ね、左近を僧坊にもてなした。いまだ再建途上の寺であることをうかがわせる、俄仕立ての小さな僧房ではあるが:。
 後白河法皇の耳目の役割を果たしていたことはすでに目の前の上覚に知られている。
左近は隠し立てすることは何もないと覚り、それまで背負っていた荷を下ろしたかのように心が軽くなり、かえって正直に自身について語ることが出来るような気がしてきた。
本来の自分をさらけ出せる機会というものは、これまでの左近の人生では珍しい。強いていえば、伊勢三郎と出会ったばかりの頃くらいか。それでも、法皇の耳目の役割を務めるようになってからは、三郎にすら全てを話すことはなかった。
 重忠に対するに至っては、自身のほんの一部しか見せていない。
「それがしの父は炎丸という商人で、頼盛どのと昵懇でしたが:」
宋へ向かう途中、海に消えた父の話もしてみた。すると、上覚は、
「しからば、頼盛どののご三男に会われては如何なものか。何か知っておられるやもしれぬ。今は仁和寺におられる。静遍どのという方じゃ」
頼盛の三男は若くして出家して、真言密教を学び、はじめは醍醐寺に入り、座主の勝賢から小野流、さらには仁和寺で仁隆から広沢流を受法していた(小野、広沢とも真言宗の流派)。
「拙僧ももとは平家の武者。今は静遍ともども弘法大師を師と仰ぐ身。早速、添え状をしたためてみよう」
上覚の父である湯浅宗重は、平治元年、清盛が熊野詣でに出かけた留守に義朝が挙兵すると、手勢を率いて平家に加勢した。
その時、十三歳であった上覚もその軍勢に加わっていたのであった。(続く)



本作品は、著者が管理運営するブログ「歴史小説パーク」 http://historynovel.hatenablog.com/ にも掲載しています。

菊池道人 ( 2017/04/09 15:49 )
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